ほとんどらんちゅうの仔引き経験がない 金魚一道 U による 冬眠明けから品評会エントリーまでの戦いの記録。
ロレックスがケースデザインを刷新し、新型キャリバー4131を搭載した新型デイトナを発表!
まず、一見サイズアップされたように見えるが、ロレックススーパーコピーデイトナの全バリエーションは直径40mmのままなので安心して欲しい。アップデートは微々たるもので、彼らの説明によると、以下のとおりだ。
デイトナのセラクロムベゼルは、ケースと同じ素材で枠が設けられた。
「ダイヤル全体のバランスを変更し、調和のとれた色の組み合わせにより、ダイヤル全体とインダイヤル、またはそのリングのコントラストを際立たせました。オイスターケースのデザインも一新され、ラグとケースサイドの光の反射により、その輪郭が強調されています。セラクロムベゼルのモデルでは、ベゼルはミドルケースと同じ金属の薄いリングで縁取られています」。 これはおそらく、オリジナルの手巻きデイトナのベゼルほどではない、わずかなものだと思われる。
簡単に言うと、セラクロムベゼルがケース素材で縁取られたことで、ケースに嵌め込まれているように見える。つまり、上の写真ではスティールで縁取られている。ゴールドならゴールドで、といった具合だ。私見だが、この修正によりダイヤルが40mmより大きく見えるのだが、それは錯覚である。そしてこれは素晴らしいニュースでもある。
新型キャリバー4131も、やはりロレックスらしさが全面に打ち出された。
ロレックスが自社製に切り替えた2000年以降、初めてデイトナに新型キャリバーを搭載したことが、今回の大きなニュースである。Cal.4131は、4130よりも少ない部品で、素晴らしい装飾、性能、信頼性を実現している。
クロノグラフを瞬時にスタート・ストップするための動力を制御する垂直クラッチを備えたコラムホイールは変わらない。しかし今回、Cal.4131の受け(ブリッジ)には、「ロレックス流コート・ド・ジュネーブ(Côtes de Genève)装飾を施しましたが、各筋目のあいだにわずかにポリッシュ仕上げされた溝を追加することによって伝統的なコート・ド・ジュネーブとは異なっています」とのことだ。
もちろん、ロレックス製のクロナジー脱進機とパラクロムヒゲゼンマイは健在だ。新しい“パーペチュアルローター”を搭載し、パワーリザーブは72時間となった。これらの変更は、デイトナの全ファミリーに共通している。
すべてのデイトナで、ケース、ダイヤル、そしてムーブメントが刷新された。
しかし、私を含め多くの人にとって最大のニュースは、プラチナ製デイトナにシースルーバックが追加されたことだ! これは、私の知る限り、ロレックスのスポーツウォッチで初めてムーブメントを露出させたものとなる。これはロレックスマニアの世界では一大事である。
ロレックス デイトナの裏蓋がシースルーバックに(透明)に! 世界はどこまで変わるのか?
スティール製デイトナの新しいリファレンスは126500となった。後ほど、撮り下ろし写真と詳細、感想をお届けしたい。新型デイトナの全バリエーションはこちらでご覧いただこう。
筆者は記事のなかで同じチームでレースを走り、ウィナーズデイトナを手にした長谷見昌弘氏、そして星野一義氏の個体もこの目で見てみたいと書きつづった。それから数カ月。ついにその願いが叶ったのだ! 今度は長谷見氏のウィナーズデイトナである。
長谷見昌弘
1992年のデイトナ24時間レースに参戦し、総合優勝を果たしたチームメンバーのひとり。19歳で日産ワークスオーディションに合格。1965年にレースデビュー。スポーツカー、フォーミュラカー、ラリーカーとクルマを選ばず多くの勝利を挙げ、数々のタイトルを獲得。1989、91、92年の全日本ツーリングカー選手権(Gr.A)チャンピオン。77年から積極的に海外のレースにも参戦。マカオグランプリ、ル・マン24時間レース、ニュルブルリンク24時間レース、ダカールラリー、ラリー・モンゴリアなど枚挙にいとまがない。ロレックススーパーコピー優良サイト2011年にはNISMOが結成したNDDP RACINGの監督として、全日本F3選手権ナショナルクラスに参戦。2018年のシーズン終了後にNDDPの監督を退任、その後はNISMOの名誉顧問を務めている。
ロレックスは現在、フォーミュラ1、FIA世界耐久選手権™、ル・マン24時間レース、そしてデイトナ24時間レースなど、世界的なモータースポーツイベントで公式タイムキーパー・パートナーを務めているが、なかでもデイトナ24時間レースとル・マン24時間レースでは、レースの優勝者(チームのドライバ)にコスモグラフ デイトナが贈られることになっている。その優勝者に贈られるコスモグラフ デイトナこそ、ウィナーズデイトナだ。
デイトナ24時間レースでは1992年から、ル・マン24時間レースでは2001年から優勝者にコスモグラフ デイトナが贈られているが、ケースバックにレースのロゴと優勝年を示す4桁の数字、そして優勝者を讃える“WINNER”の文字が刻印されるという点が大きな特徴である(厳密に言えば、開催年によってロゴのデザインが異なるほか、ロレックスロゴが入るものもある)。時計はその時々の現行モデルであり、基本的に通常販売されるものとデザインや機能に変わりはないが、レースの勝者だけが手にすることができる極めて希少な存在なのである。
「いただいてから普段も身につけていました。特にレース関係者と会うときにはいつもつけています。これまでにオーバーホールをしたことはないですね。だから最近ちょっと調子が悪いんですよ。リューズを回すときに変な感じがあるでしょう?」
そう長谷見氏から言われてリューズを回してみたが、実は特に違和感は感じなかった。むしろ気付いたのは、センタークロノグラフ秒針の針ズレだ。リセットプッシャーを押したときに12時のゼロ位置で止まらず、少しズレた位置に針がリセットされたのだ。これは確かに調子はよくない。だが、外装を見る限りそれ以外は特に問題はなく、むしろこの時計が30年以上前のものだと考えると、とてもキレイなものだった。
自動巻きのコスモグラフ デイトナ Ref.16520は、1988年から製造を開始し、2000年にRef.116520が発表となるまで製造されたが、細かな話をすると製造時期によっておおよそ7種類のダイヤル(マークI〜 VII)が存在していることがわかっている。長谷見氏のウィナーズデイトナはどうだろう? 詳細を見てみたい。
1992年に贈られたウィナーズデイトナということ、加えて時計のディテールを見る限り、長谷見氏のものはおそらく1991〜1994年頃(1990〜1992年頃とする説も)に製造された個体に見られるマークIV(4型)ダイヤルだと思われる。マークIVダイヤルの特徴は、12時位置の5行でプリントされたレターのうち、ROLEXの表記以外がサンセリフフォント(ひとつ前の時期のマークIIIダイヤルでは、すべてセリフフォントだった)、同じく6時位置の“T SWISS MADE T”表記もサンセリフフォント(マークIIIでは、すべてセリフフォント)になっている点にある。さらに最初期から共通のディテールだが、6時側の12時間積算計インダイヤル目盛りの“6”の数字が逆さまにプリントされて“9”のように見える、通称“逆6”になっているのも特徴。このあとに登場するマークVダイヤルでは“逆6”ではなくなり、文字盤の上下を基準に正しくプリントされた通称“正6”となる。
ブレスレットについても確認している。3列リンクのオイスターブレスレットはオールサテン仕上げ、バックルはシングルロックタイプだ。ブレスレット裏側に刻印された番号は、ブレスレット番号の78360(バックルの折り返しプレートにも刻印が見られる)、フラッシュフィット番号の503の数字が刻印されている。これはRef.16520に採用された最初のブレスレットで、1994年頃(95年頃とする説も)に新しいものと切り替わるまで使われたとされているものだ。これについても贈られた時期と一致しているため、当時のままなのだろう。
長谷見氏のウィナーズデイトナを見せていただいて気づいたのは、鈴木氏が持つものとは異なり“ブラウンチェンジ”していなかったということだ。一説によると、1991〜1999年頃まで製造されていたというマークIV、マークV、そしてマークVIダイヤルには、インダイヤルのブラウンチェンジが確認されている。長谷見氏の個体も鈴木氏のものと同じタイミングで贈られているため、製造時期は同じはず。であれば、同じようにブラウンチェンジしていてもおかしくないはずだが……。前述の3タイプのダイヤルが必ずしもそうなるというわけではないが、鈴木氏はずっと金庫に保管していたといい、長谷見氏は前述のとおり、普段も身につけていたということを考えると、おそらく使用環境が影響しているのだろう。これはなんとも興味深い事実だ。
1992年からロレックスがタイトルスポンサーとなったデイトナ24時間レース。同年のレースで、初出場ながら初優勝。しかも日本製のマシンと日本チーム、そして日本人ドライバーが初めて達成するという快挙を成し遂げたのが、日産のワークスチーム(自動車メーカーが自己資金でチームを組織したチーム)のひとつだった当時のNISMOだ。そして星野一義氏 、鈴木利男氏、アンデルス・オロフソン氏らとともに同チームのドライバーを務めたのが、今回取材をさせていただいた長谷見昌弘氏である。彼に話を聞くと、デイトナでの優勝の背後には、さまざまな事情があったことがわかった。
1990年のル・マン24時間レースでポールポジションを獲得したNISMOだったが、結果は当時の日本車・日本人ドライバー最高位となる5位入賞。チームは91年の優勝を見据えて準備を進めていた。その後のデイトナ24時間レース参戦の経緯は前回の鈴木氏の記事のなかでも触れているため割愛するが、1991年のル・マン、デイトナ24時間両レースの出場キャンセルを経た92年当時の様子を長谷見氏は次のように話す。
「ル・マンの代わりに出場が持ち上がったデイトナも、直前で出場がキャンセルになりました。これが幸か不幸か、92年のデイトナに参戦するまでに十分な時間ができたため、いろいろとテストもできたんです。だから準備は完璧だった。デイトナ24時間レースの開催は2月1日からでしたが、それに先駆けて1月の1、2、3日にテストデーがあったんです。もちろんレース本番はどうなるかわかりませんが、その時点で優勝の可能性が十分に見えていたという状況でしたね」
MB&FがHM11 “アーキテクト”をドバイ・ウォッチ・ウィークの前日に発表するという選択には、何か詩情的なものを感じる。この時計は逆説的ではあるものの、最近のブッサーのオロロジカル・マシンに見られる(こんなことは言いたくないが)予測の範疇を出ないクルマ的なデザインから、遠く離れたところにあるように見える。これは、ブランドが私に言ったように“手首のための家”なのだ。
別に、MB&Fの時計が一般的に巨大なサイズであることを評しているのではない。HM11のサイズは直径42mmで(それでもかなり大きい)厚さ23mmと、比較的小さい。また、HM11の19万8000スイスフラン(日本円で約3355万円)という価格を非難しているのでもない。MB&Fのオロロジカル・マシンのほとんどは、まるでほかの“モノ”のような外観をしている(その多くはクルマだが、なかには意図せず……、そう、ナスの絵文字のようなものもある)。今回の時計は、モダニズムと有機的建築の哲学を取り入れた1960年代と1970年代の近未来的建築からインスピレーションを得ている。
MB&F HM-11 "The Architect"
マッティ・スーロネン(Matti Suuronen)が1970年にグラスファイバー強化プラスチックでデザインした住宅、フトゥロは、MB&FのHMに対してしばしば目にするのと同じような反感(または信じられないというような反応)を受けた。インフレ調整後のフトゥロの価格は約10万5000ドルであった。その外観は、アンティ・ロヴァーグ(Antti Lovag)の“パレ ビュル”(水まわり設備なし)スーパーコピー時計とチャールズ・ハートリング(Charles Haertling)の“ブレントンハウス”を足したような感じだ。ブッサーは実際のところ、妻はこれらの建物に住みたがらないだろうが自分は住んでみたいと認めている。ブッサーに“これはいい時計になりそうだ”と思わせたのは、“ブレントンハウス”に関するInstagramの投稿だった。
上記のどの建物もそうであるように、どのHMも(HM5やHM8 Mark 2を除いて)自分のためにあると感じたことはない。しかし、少なくともそれらを解釈し、魅力を理解するために最善を尽くしている。
Charles Haertling Brenton House
チャールズ・ハートリングの “ブレントンハウス”。
1960年代と1970年代を振り返ってみると、当時の建築家たちはしばしば伝統的なデザイン言語からの脱却を常に試みていた。伝統的なデザインは大衆にとって快適で親しみやすいものであったものの、近代的な建築技術、資材、工学的知見の活用による発展が難しかったのだ。このように聞くと、こうした建築家たちの努力と近代化デザインへのアプローチが、(意外にも)長年にわたってブッサー魅了してきたことに驚きはないだろう。不可能に近い形状のサファイアクリスタルや加工が難しいチタンなど、ブッサーのチームが乗り越えなければならなかったのと同じ課題が、そこにもおしなべて登場する。そして、デザインリーダーであるエリック・ジロー(Eric Giroud)は、これまでのように自動車業界に目を向けるのではなく、建築のバックグラウンドをHM11のレイアウトに反映させた。
ブッサーとジローは、HM11を4つの部屋を持つ家として構想した。それはモンサントの“ハウス・オブ・フューチャー”のようなもので、中央のエリアとそこから枝分かれした快適なスペースを備えている。HM11の中央の空間には、ダブルドーム型サファイアガラスの下に、1分間で逆回転するセンターフライングトゥールビヨンが配置されている。この時計は2色展開で、ひとつはPVD加工を施した“オゾンブルー”の地板を、もうひとつは5Nゴールド製の地板を使用したもので、それぞれ25本ずつが用意される。しかし、こうした華やかな要素もさることながら、本当のパーティはHM11ハウスのサイドルームで開催されている。
MB&F HM-11 "The Architect"
実用面の話をすると、HM11はHM3以降のすべてのオロロジカル・マシンと同様に、手首に斜めに装着して時間を読み取ることになる。そう考えると、これはMB&Fがこれまで製造してきた時計のなかでもっとも読みにくい時計と言えるかもしれない。私は幸運にも視力が1.0であるため、変わったダイヤルの色や針の組み合わせ、あるいはカルティエのタンク ア ギシェのような奇妙な表示であっても、視認性についてとやかく言うことはない。実際、この手のレビューでは“木を見て森を見ず”という状況に陥り、苦労することが多い。しかし、いずれにしても(そして今回も)、これらが実用的な時計というよりは、その名が明示しているように手首のための彫塑的な機械式時計であるということが重要になってくる。視認性と実用性を求めるなら、MB&Fの“レガシー・マシン”のラインナップから好きなものを選べばいい。レガシー・マシンでさえも市場で特別視認性に優れた時計とは言えないが、いずれにせよあなたが求めるものはHMではないだろう。
MB&F HM-11 "The Architect"
この場合あなたが実際に購入することになるのは、1960年代から1970年代の偉大なデザイナーたちに向けた素晴らしいオマージュであり、全体的にポッドのようなデザインをさらに推し進めた意匠である。その証拠に、4つの部屋のうちひとつ目の部屋には、先端が赤い2本の白いアロー針が付いた小さなディスプレイが見える。しかもその針は0.6mmほどとかなり小さい。針はディスプレイの中央から放射状に伸びる短いロッド上の金属球を指しており、15分間隔ではシルバー色、それ以外の5分間隔では真鍮色となっている。その計時はアメリカの工業デザイナー、ジョージ・ネルソン(George Nelson)が手がけたボール クロック “Horloge Vitra”からインスピレーションを得たものだ。このデザインは私の記憶に深く刻み込まれており、HM11を見るまで誰の作品かを考えたこともなかった。そのすべてが高さ約11.45mmの窓のなかに収められているのだから、はっきり言って時計のフェイスとしてはそれほど大きなものではない。
MB&F HM-11 "The Architect"
Horloge Vitra George Nelson
“ボール クロック”。courtesy Vitra.
トゥールビヨンムーブメントの水平面からこの時計(そしてこれから紹介するほかの部屋)のような垂直ディスプレイに動力を変換する方法として、このブランドは円錐状の歯車を採用し続けている。この時計のそれは私が覚えているどのHMよりも際立っており、MB&Fの時計をここまで魅力的なものにしている創意工夫を知るにはうってつけのモデルとなっている。
MB&F HM-11 "The Architect"
ほとんどの現代建築プロジェクトと同様に、この時計でもエネルギー効率がキーとなってくるのだが、HM11は2種類の方法でそれを実現した。ひとつは2部屋目にある。そこにはパワーリザーブに相当するような表示があり、ゼンマイに蓄えられた96時間の動力をカウントダウンする。
MB&F HM-11 "The Architect"
ひとつ目の部屋からふたつ目の部屋を見に行くのに、体を無理にねじる必要はない。それどころかこの時計は、直感的に、簡単にひねるだけで中心軸を中心に一方向に回転する。45度または90度ごとに位置が固定されるため、勝手に回ってしまうことはない。実際、45度だけ回転させれば、“ドライバーズ”ウォッチのようにより見やすくなる。これらすべてが長いラグを備える軽量なチタン製フレームに支えられている。
MB&F HM-11 "The Architect"
MB&F HM-11 "The Architect"
3つ目の部屋は昨今あまり目にしない斬新なもので、摂氏と華氏のどちらかを選べる温度計となっている。事実、この時計は温度計を備えた数少ない近代的な機械式時計のひとつだ。この種の複雑機構はかつてポケットウォッチにも搭載されていたが(例えば、ユール・ヤーゲンセン作のものをいくつか見た記憶がある)、現代の市場ではボール社のものしか思いつかない。そのような時計は、着用者が一定時間手首から時計を離さなければ、体温が温度計の機能に影響を及ぼしてしまう。つまり、1日中体温を計測し続けることになるのだ。だが、この新しいHM11にはそのような問題はない。
MB&F HM-11 "The Architect"
温度計のデザインにMB&Fの熟練した時計製造技術が用いられているという理由だけでも、(あまり役に立たないかもしれないが)かなりスマートな機構である。この時計はバネ式温度計を採用しており、コイル状の金属は温度が上がると膨張し、下がると収縮する。時計職人が学んできたヒゲゼンマイの加工技術が、どうやら温度計の調整にも応用されているようだ。
MB&F HM-11 "The Architect"
MB&F HM-11 "The Architect"
最後の“部屋”は、通常の時計であれば3時位置にある(この時計が時刻を見るためにセットされている場合、少なくとも)。この部屋にあるのは別の機能ではなく、時間設定用の透明なクリスタル製リューズで、ブランドはこの部屋を時計の玄関と呼んでいる。そこはリューズを載せるにふさわしい場所だが、当然ながらこれは普通のリューズはない。
通常のリューズには2mmのガスケットが必要だが、このリューズはサイズが大きいために若干の見直しが必要だった。その結果、2組のガスケットにより一種のダブルエアロックのようになっており、合計8個のガスケットがリューズに使用されている(時計の内部には19個使用されている)。これにより20mの防水性を実現した。しかし、リューズのサイズが問題を引き起こした。時計の初期設計ではリューズを引き出そうとすると、ドーム型クリスタル内のわずかな空気の真空圧によって即座に吸い戻されてしまうのだ。その解決策としてリューズの容積を大きくすることで、引き出したときのわずかな容積変化の影響を緩和したのである。ほとんどのブランドが時計の薄型化に取り組んでいるなかでおかしなことではあるが、これはスマートで必要な選択で あった。