金魚一道 Uのらんちゅう仔引き計画

ほとんどらんちゅうの仔引き経験がない 金魚一道 U による 冬眠明けから品評会エントリーまでの戦いの記録。

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時計のムーブメントが、なぜキャリバーと呼ばれるようになったのか?

“キャリバー”という単語にはさまざまな意味があるが、時計製造においては“ムーブメント”と同義語である。ムーブメントを“キャリバーXYZ123”などと称して呼ぶことは、時計業界全体で一貫した、きわめて普遍的な慣習となっている。これは何度も目にする言葉のひとつだが、銃器の世界とウォッチメイキングの世界の両方で使用されていることを不思議と疑問に思ったことはないと思う。

50口径(左端)から22口径(右端)まで、さまざまなサイズの弾丸。

もしかしたら、銃器におけるこの用語の用法をまだご存じない人がいるかもしれない。説明しておくと、基本的には弾丸の直径、またはある直径の弾丸を発射するために使用される銃器の銃身内径を指すのに使用される。例えば、50口径の弾丸の直径は0.5インチである(メートル法でも記すことができ、スーパーコピー時計 代引き一般的なNATO弾は5.56mmと表記される。“キャリバー”を使用するのは、私が知る範囲では英数字と組み合わせた際に限られるようだ)。

銃の世界における“キャリバー”の語源は、フランス語のcalibreからルネサンス後期のアラビア語であるqalib(弾丸を鋳造するための型)をたどり、古代ギリシャ語のkalapousこと靴職人のラスト(靴を製作する際の木型のこと)まで遡る。

興味深いことに高級時計財団(FHH)によると、この言葉が時計用語として使われたのは、フランスで活躍したイギリスの時計職人ヘンリー・サリー(1680-1729)の作品において「……1715年ごろ、さまざまなムーブメントの受け、歯車、香箱などの配置や寸法を示すために使われた」のが初めてだという。時代が進むにつれ、この言葉は「ムーブメントの形状、ブリッジ、時計の製造元、メーカー名などを示す」ために使われるようになった。そして次第に、ムーブメントそのものを指すようになっていった(IWCの“ジョーンズ・キャリバー”などがまさにそうだろう)。つまり、ウォッチメイキングと銃器産業の両方において、直径を表す言葉として使われてきた歴史があるということだ。そして、どちらの場合にも、その直径が規定されたものを指すようになったということである(おそらくメトニミー、つまり換喩的に)。

IWCの初期型D. H. クレイグ “ジョーンズ・キャリバー”。

現在では、ムーブメントを“キャリバーxyz123”(つまり、“キャリバー”の後にETAキャリバー2892-A2のようにムーブメントの型番を付ける)と呼ぶのが一般的だ。おもしろいことに、“キャリバー”という言葉はその歴史の大部分においてある特定の立場の人物をも意味し、その用法は今日でも生きている。たとえば、小説版『ゴッドファーザー(原題:The Godfather)』では、ドンの甥であるジョニー・フォンタンが映画プロデューサーのジャック・ウォルツを“本当に90口径のペッツォノヴァンテ(大物)みたいだ”と称している。

フランス語圏の時計業界では当時、ムーブメントをキャリバーと呼び、その後にムーブメントの直径、そしてしばしばムーブメントの特殊な機能を示す略称を付けるのが一般的なやり方であった。例えば、ジャガー・ルクルトの1877年(当時はマニュファクチュール・ルクルト・ボルゴー&シー)のアーカイブには、製造されたムーブメントのひとつとしてキャリバー16Tが記載されている。このことから、このムーブメントが16リーニュのトゥールビヨンであったことがわかる。

ちなみに1リーニュは2.2558291mm(16リーニュのムーブメントは直径約36.09mm)に相当する。リーニュは現在でもウォッチメイキングにおける計測単位として用いられており、また奇妙なことに、ボタン製造や男性用帽子のバンドに使われるリボンの計測にも1/12 プス(pouce、フランスでのインチ表記)が使用されている。

1800年代中ごろにマサチューセッツ州ウォルサムにあったアメリカン・ウォッチ・カンパニーを描いたリトグラフ。

ウォッチメイキングと銃器産業のつながりはこれだけではない。アメリカでは、いわゆるアメリカン・システム(19世紀前半のアメリカ合衆国の政策で重要な役割を果たした重商主義的経済計画)による精密な大量生産方式と機械製造が世界で初めて採用され、部品交換が可能な時計ムーブメントの作成が可能になった。このシステムは、マサチューセッツ州スプリングフィールドの連邦兵器工場で小銃の大量生産に使われていた製法を、ウォルサムのようなアメリカのメーカーが時計製造に応用したものである。

ルイ・ウェストファレンは、第2次世界大戦までの数年間とそれ以降、類似または同一の直径を持つ異なるムーブメントの数が増加するにつれて、ムーブメントの直径と機能を用いたムーブメントの呼称から移行する傾向が見られたと述べている。しかし、第1次世界大戦以前においても、この命名規則が普遍的なものであったわけではなかった。バルジュー 22はその一例である。しかし、その慣習はまだあちこちで息づいていて、たとえばパテック フィリップのカタログにはキャリバー17’'' LEP PS IRMが掲載されている。このムーブメントは17リーニュで、レピーヌで、プチセコンドで、インジケーション レゼルヴ ド マルシュで……、すなわち、直径38.35mmのレピーヌキャリバー(輪列用のブリッジを備え、フュゼを持たないムーブメント。18世紀後半にこの構造を開発した時計師ジャン=アントワーヌ・ルピーヌにちなんで名付けられた)であり、スモールセコンドとパワーリザーブインジケーターを備えているということがわかるのだ。

  • 2008年07月15日(火)20時00分

時計ツウのための時計ブランドであり、時計に精通した人がいちばん欲しがるブランドなのだ。

業界は進化し、拡大していく。私のように熱心な時計愛好家の周りにいる人たちにも、このブランドはますます身近なものになっている。この盛り上がりは、パンデミックの最中に時計への関心が再び高まったことと、マニュファクチュールのパテック フィリップとオーデマ ピゲが入手できなくなったことによるものであることは間違いない。私が考えるに、この関心の高まりは当然のことである。我らがベンジャミン・クライマーによれば、ランゲは地球上で最も優れた時計を連続して製造しているとのこと。大胆な発言だね、ボス!

Zeitwerk caseback
ランゲ ツァイトヴェルク 142.031の素晴らしいケースバック。Photo: Mark Kauzlarich

この1年間、彼がランゲについて繰り返し絶賛しているのを耳にしたので、この騒動は何なのか、その正体を突き止める必要があった。ランゲは本当にドイツのパテックなのか? なぜ男性たちは、今年のWatches & Wondersで自身の生活がかかっているかのようにオデュッセウス・クロノグラフに注目していたのか? なぜランゲ1は貴重な工芸品のように語られるのか? なぜ1994年10月24日は、マヤ暦の日付と同じように時計のイルミナティの日付になっているのか?

私が時計の世界に足を踏み入れて以来、ロレックススーパーコピーn級品 代引きランゲブランドの上っ面をなでたら、カルト教団に恩を売ることになるだろうという考えに少々敏感になっていた。なぜならデザイン性に優れ、普通の男性には手の届かないものが好きだからだ。たとえ私自身が普通の女性であっても。エリート主義は私の常套手段なんだ。

ランゲは先月、ロードアイランド州で開催されたオードレイン・ニューポート コンクール・オブ・エレガンス 2023にメインパートナーとして初参加した。そこには180台のクラシックカーが展示されていたが、そのクルマたちはそのオーナーと同様、ランゲの存在すらまったく知らなかった。私が夢見る高級時計ブランドCMO(最高マーケティング責任者)による、お金と機械に対する理解を。

そこで私は使い捨てカメラ4台(残念ながらライカを持っていないのだ。ショック!)、コンクールの参加者に必要な10種類のドレスコードに対応できるだけの衣装を詰めた非常に大きなスーツケース、そして結局週末はずっと雨が降っていたので、大きな灰色のランゲブランドの傘を持ってニューポートに向かった。私のローンパーティカクテルルックが台無しだ。

使い捨てカメラで撮影!

私はリシュモンキングである宝石(ランゲ)をもっと理解する必要があったし、そのためには私の内なるジェーン・グドール(Jane Goodall)にチャンネルを合わせて、(単なる愛好家ではない)ランゲコレクターについて知る必要があった。私はクルマのことについて何も知らないので、理論的には純粋で何にも捉われず、時計に集中できた。もちろん、1966年製のリンカーン・コンチネンタル・レーマン・ピーターソンの白いリムジンに乗って、向かいのポルシェ912を運転する男と曇った窓越しに心を通わせた、オードレイン・ツアー・デレガンスのあとにね。

使い捨てカメラで時計の写真を撮るのはかなり難しい。でもこれでいい!

私は自分の気持ちと向き合った。24時間が経過したあと、私はすでにランゲのクールエイドを飲んでいた。私は壁のハエになってこっそりと観察していたかったのに、彼らに洗脳されてしまった。どうしてそんなことができたのか? それに答えるには、さらにいくつかの質問をする必要があった。

ビリオネア(そして素晴らしいことにミリオネアも)のためのおとなしい時計ブランドを、私のような“部外者”に関心を持ってもらうにはどうしたらいいのか? 13年間経営に携わってきたブランドCEOのウィルヘルム・シュミット(Wilhelm Schmid)氏に直接話を聞いた。彼はシャープでぴったりフィットするスポーツジャケットの上に、チョコレートブラウンのカシミアセーターを羽織っていた。A.ランゲ&ゾーネを愛用しているとしか思えないタイプの男性だった。

「時計は、その人の趣味や個性を表現するものです」とシュミット氏。「自分の個性を高めたり、引き立ててくれると思ってブランドを買う人もいます。また、実際の商品そのもののために購入する人もいます。そういう方たちは、つけたら周りがどう思うかなんて、あんまり気にしていないんです」。彼はランゲが後者の枠組みのなかに非常に多く存在していると考えている。「そのため、ブランド認知度には重点を置いていないのです」

では、製品とサヴォアフェール、この場合はハンドヴェルクスクンストがすべてであるなら、現代の用語では職人技(craftsmanship)が汚い言葉として認識されそうになっている層に、このメッセージを一体どのように伝えるのだろう? これについて説明しよう。ミレニアル世代は、周到にマーケティングされたクラフトビール、食品、アート、ジュエリーなどを通じて、本物を追求するという考え方にうんざりしている。ただ私たちは疲れきっていて、職人的な疲労も感じているのだ。これは本当に残念なことである。なぜなら真の職人技とは保護される必要があり、Etsyショップのオーナーに利用・悪用されたりするものではないからだ。

しかし、ランゲは本物の職人技という考えを伝えるために努力する必要はない。それがそもそも本物だからだ。すべてが手作業で仕上げられ、手作業で組み立てられている。実際、時計は2回も組み立てられている。ムーブメントが完成したあと、テスト工程を経てそれが成功したら、分解し、洗浄、装飾、再組み立て、再テストと同じ工程を経て、すべてが技術的にも美的にも優れていることを確認する。1本の時計に対して、多くの人手を要する骨の折れる仕事である。

アンソニー・デ・ハス(Anthony de Haas)氏にも会った。彼はランゲの製品開発ディレクターで、私が時計業界で最近最も気に入っている人物かもしれない。彼はオランダ人でドラムを演奏しているから(彼は合計17個のスネアドラムを所有しており、どうしてもキャラクター全体を勉強したい場合は、首に黄色と金色のドラムチャームを巻いているとだけ言っておこう)。デ・ハス氏はグローネフェルド兄弟とともにスクールに通っていた同級生で、その後ルノー・エ・パピ(Renaud and Papi)で一緒に働いていた。クライマーによると、90年代のランゲの聖杯ともいえる“プール・ル・メリット” トゥールビヨンは、実際にはオーデマ ピゲ・ルノー エ パピ(APRP)製で、グローネフェルド兄弟自身が部分的にデザインしたものであり、その事実を考えると世間はかなり狭い。1周して元の場所に収まった瞬間だ。

PLM Tourb watch
トゥールビヨン “プール・ル・メリット”(1994年)。

PLM Tourb watch caseback
デ・ハス氏が指揮を執るグラスヒュッテにて、ランゲは現行コレクション全体で約35のムーブメントを搭載し、年間5500本の時計を製造している。マニュファクチュールには合計600人のフルタイム従業員がいる。

ランゲは非常にドイツ的なDNAを持つストイックなブランドである。しかしブランドの視覚的なインパクト、特にケースバックの後ろから見えるものは、どこか遊び心がある。ひとつひとつ手作業でエングレービングを施したテンプ受けや、トリプル・スプリットの複雑さと面取りを見ればわかるだろう。エントリーモデルであろうとツァイトヴェルクであろうと、細部のレベル、フォントに至るまで、仕上げの品質に異議を唱えることは不可能だ。ランゲは時計製造の最高峰に位置し、それは工業化されたプロセスとは真逆である。ゴルフGTIとロールス・ロイスを比較しているようだ。

サクソニアの領域以外では、ランゲは私の好みからするといつも少し...なんと言えばいいのか、分厚いというかパックみたいだ。しかしそこがミソだ。これらの時計の技術的な面に関しては、エレガントさや洗練の名の下にも一切妥協はない。「それがドイツ人なのです。私たちはエンジニアであり、物事がうまくいくことを望んでいます」とシュミット氏は述べた。その結果、より複雑なタイムピースは着用できないほど頑丈に感じられることもある。

忘れてはならないのは、フィリップ・デュフォー(Philippe Dufour)氏自身がしばしば「ランゲは仕上げや精密さのいずれの面においても手を抜くことなく、ムーブメントを正しく仕上げるという時間のかかる技術に真摯に打ち込んでいるマニュファクチュールであり続けている」 と公言していることだ。

Dufour Datograph
フィリップ・デュフォー氏が着用していた“デュフォグラフ”。

実はこの週末まで、ドイツの時計製造に対して理不尽な偏見を持っていた。それは何の理由もなく、“スイスか、それ以外か”という態度を取っていたからだ。これはおそらく純粋な習慣によるものだったのだろう。私が(時計に対して)音痴であることも認める。今後、私はオープンマインドでいるつもりだ。プラダやボッテガ・ヴェネタがサンローランやシャネルと同じくらい重要であることを皆が知っているのに、パリを愛し、ミラノを認めない私の偏見と同じように感じられる。

さらにランゲのユニークな点は、世界の市場に合わせてデザインを一切変えないことである。彼らの6つのウォッチファミリーは、世界中どの国に住んでいても同じだ。これは顧客とブランドについて多くを物語っている。「そして多くのブランドは、あらゆることを少しずつやろうとするためにアイデンティティを失い、非常に希薄になっていくのです。私たちは中国語やアラビア語の数字は絶対に使いませんし、絶対にグリーンダイヤルのモデルを作らないでしょう。これ以外にも私たちが手を出さないことはたくさんあります」とシュミット氏。ランゲを買う理由は、ムーブメント、仕上げ、すっきりとしたエレガントなデザインにある。パテックはこれと異なり、(ほとんどの)人々は文字盤に書かれていることを理由に購入する。(この件について)どうか私にコメントをしないで。それが事実であることは知っているだろう?

ディナーのときにはサクソニア・オートマティックを試着したが、ローズゴールドとランゲのピクシーダスト(麻薬)でできた完璧な円を描くおもりを持っているように感じた。すべすべしていて重量があり、貴重品が元来持つ感触だったし、高価に見えた。もしあの時計を身につけていれば、自分のすべての罪が許され、ランゲのような(高級)時計づくりのピュリストになれたかもしれない。さらに1815 アニュアルカレンダーも試着して、これは私が今まで巻いてきたなかで最もユニセックスな時計かもしれないと思った。エレガントで洗練された、まさにザ・ロウやロロ・ピアーナ(今トリガーを引いているのはわかっている)。何にでも合うし、豊かに見えるタイプの時計だ。

Lange Saxonia
夢のようなサクソニア。

Lange 1815 Annual Cal
1815 アニュアルカレンダー。これも夢を見ているようだ。

ユビキタスとは素晴らしいものが死ぬということだ。幸いなことに、A.ランゲ&ゾーネは“知る人ぞ知る”ブランドであり続けている。ロロ・ピアーナのように、富裕層による目立たないステータスシンボルから、ネットトレンドとして話題を集めるほど変身することはない。しかし今、私は完全にランゲに染まった。サクソニアさえ持っていないが、時計熱は頂点に達している。自分の世界から次に進むとして、またもしそれが自分のものだとしたら、ネイビーブルーのマーガレット・ハウエルのセーターを着て、『インテリアの世界』で取り上げられた巨大なキッチンとコンクリートだらけの改造された学校の寮に住むだろう。ふたりの乳母がいて、ポルシェのカイエンに乗って、エルメスのバッグしか身につけない。でもそれは私の世界でも人生でもないので、とりあえずポルシェ912に乗っている男性にキスをすることにしておこう。

  • 2008年07月11日(金)00時04分

メガコレクションがオークションに登場。

マーロン・ブランドのGMTマスターからフィリップ・デュフォーの最高傑作まで、最も重要な時計が(再び)オークションに出品されている。

過去40年にわたって築き上げられた世界最大級のシングルオーナー時計コレクションが、今年11月にオークションに出品される。

ここ数年、オークションに出品され大きな話題となった時計は、1978年に初めてロレックスのデイデイトを購入して以来、コレクションを続けているムハンマド・ザマン氏のコレクションに行き着く可能性が高い。

ザマン氏のコレクションには、私たちが最近市場で目にした最も重要な時計のいくつかが含まれている。たとえば、クリスティーズが予告している4つのハイライトのうち、すべてが過去4年間にフィリップスで売却されたものだ。コレクションを売却するメガコレクターはザマン氏だけではない。OAKコレクションのオーナーであるパトリック・ゲトライデ氏(彼のTalking Watchesについてはこちらをご覧ください)もまた、11月にクリスティーズ香港で600本以上のコレクションから142本をオークションにかける予定だ(彼の話はまた別の日にしよう)。

christie's passion of time sale november 2023
ダニエルズ・アニバーサリー “No.00”とロレックススーパーコピーn級品6062 “ステッリーネ”は、いずれも11月のクリスティーズのPassion for Timeオークションで販売予定。

 メガコレクターのふたりがオークションにコレクションを出品することについて、何かあるとしても、それをどう評価すべきかは難しい。時期が来たというだけかもしれない。ザマン氏とゲトライデ氏はともに高齢で、過去数十年にわたってコレクションを築いてきた。皮肉なことに、彼らは今が売りどきだと感じているのかもしれない。ここ数年、市場は著しく減速しており、これ以上良くなる兆しはないからだ。

「(ザマン氏は)“ひとつの章の終わり”だと言っていました」とクリスティーズのヨーロッパ時計部門責任者であるレミ・ギルマン氏は言う。「彼の夢は当初からシングルオーナーオークションを開催することでしたから、彼が築き上げたコレクションでそれを実現できたことは大きな成果です」。ギルマン氏によれば、クリスティーズがザマン氏のコレクションの委託を勝ち取ることができたのは、シングルオーナーオークションに力を入れていることも一因だという。春にクリスティーズはF.P.ジュルヌ(そのほとんどがウォッチボックスからの委託販売)専門のセールを開催し、昨秋にはフェラーリの元ボス、ジャン・トッド氏の時計コレクションがクリスティーズに3180万スイスフラン(日本円で約52億6015万円)という結果をもたらした。

 また、市場がこれらの時計をどのように評価するかも難しい。これらの時計の多くは、過去数年間、しばしば記録的な価格で競売にかけられ入手されたものだからだ。マーロン・ブランドのロレックス GMTマスターを購入することは最初のうちはクールなものだが、そのストーリーが最終的な買い手から離れるにつれて、その出所の価値も薄れていくのだろうか? さらに短期間に多くのビッグコレクションや重要な時計がオークションに出品されるため、市場が手に負えなくなる可能性もある。

 さらに、収集の上層は風通しが悪い。たとえば、昨年11月の大手(オークション)ハウスのトップロットのほとんどは3人の入札者が競り合っていた。いまや、世界最大のコレクターのひとりは買い手ではなく売り手である。それだけでもハイエンドのマーケットに影響を与えるかもしれない。

「これらの時計の多くは、すでにオークションで素晴らしい実績を持っています」と話すギルマン氏。「どちらかというと、それらの時計は今日において、人々が慣れ親しんだもの、実績のある絵画のようなものです。市場に安心感を与え、人々によってすでに吟味され、落札されたというさらなる安心感を持って入札することができるのです」。各主役級の個体について、クリスティーズはその出品に強気の見積もり価格をつけているが、これはオークションハウスがどのように委託品を確保したかを示唆しているようでもある。

 昨年11月、トッド氏のコレクションが落札されたことで、クリスティーズはジュネーブシーズンの総売上高でフィリップスを上回った(前者の5550万スイスフランに対して後者は4500万スイスフラン)。ザマン氏のコレクションがクリスティーズの典型的なレアウォッチオークションの傍らに出品されたことで、オークションハウスは今年もトップの座を射止めることができそうだ。

 これらのコレクションがオークションに出品される理由が何であれ、それはエキサイティングな見ものとなるだろう。これらの時計のいくつかが売りに出されたとき、私はそれらが1世代にわたってプライベートコレクションに隠されてしまうのではないかと思ったが、そうではなく、私たちはそれらを再び、場合によっては最後に登場してからわずか1、2年後に見ることができるのだ。クリスティーズのギルマン氏によれば、ハイライト以外にも特別なカンジャール文字盤(ザマン氏はオマーン人だ)、多くの独立系ブランド、特別な複雑パテックなどがライブオークションと別のオンラインセールで販売される予定だという。つまりは何でもありということだ。ザマン氏のコレクションのハイライトをいくつか紹介しよう。

マーロン・ブランドのロレックス GMTマスター 1675
marlon brando rolex gmt-master
 マーロン・ブランドのロレックス GMTマスターが2019年にフィリップスで195万ドル(当時の相場で約2億1000万円)で落札されたとき、私たちは楽しく取材した。ジェームズはHands-On記事で『地獄の黙示録(原題:Apocalypse Now)』の名言を大量に引用したが、まさに“誰もが欲しいものはすべて手に入れる”ということで、この時計は今年11月に再びオークションに出品されることになった。

 簡単に復習しておこう。これは1970年の映画に登場したGMTマスターで、ブランドは彼の役柄に合うようにベゼルを外した。彼はまた、ケースバックに自分の名前を手作業で刻印したのだ。2019年にオークションに出品され、ザマン氏の手に渡るまで、この時計はブランド家の手元にあった。

 私は2019年の入札の様子を覚えている。それは信じられないほど遅く、日本からのオンライン入札者が入札を打ち切ったとき、そのロットの落札に20分ほどかかったのだ。その入札の遅さが、今回のブランドのGMTマスターに対する関心の表れなのかどうかは誰にもわからない。この時計がどこで落札されるにせよ、信じられないほどクールな時計であり、歴史に残る偉大なミッシングウォッチのひとつであることは間違いない。

推定落札価格 100万~200万スイスフラン(日本円で約1億6545万円〜約3億3085万円)

フィリップ・デュフォー グラン&プチソヌリ No.1
dufour grand and petite sonnerie
 2021年、フィリップ・デュフォーのグラン・プチ・ソヌリ No.1を取り上げたが、この時計は最終的にフィリップスで470万スイスフラン(日本円で約7億7745万円)で落札された。デュフォー氏はこの時計を8本しか製造しておらず、A Collected Manはフィリップスのオークションの数カ月前に1本を760万ドル(日本円で約11億3670万円)で落札したばかりだった。

 フィリップスではザマン氏がバイヤーであったことが判明し、クリスティーズはグランド・プチ・ソヌリ No.1を再び販売することになった。この時計は現在、オークションで落札された独立系ウォッチで最も高価な時計の記録を持っており、2021年の市場最高値でその記録的な価格に並ぶのは難しいかもしれないが、現代の独立系ウォッチメイキングにおける最も重要なもののひとつであり、本当に特別な時計である。

推定落札価格 400万~600万スイスフラン(日本円で約6億6170万円〜約9億9250万円)

ジョージ・ダニエルズ アニバーサリー No.00 プラチナ
george daniels platinum anniversary 00
 フィリップ・デュフォー氏と同列に語られる数少ない時計師のひとりがジョージ・ダニエルズであり、ジョージ・ダニエルズのアニバーサリーは、もともと彼がコーアクシャル脱進機を開発した記念に考案されたもので、彼の作品のなかでも最も希少なもののひとつである。これまでにわずか43本が製造され、プラチナ製は4本のみである。さらに素晴らしいことに、このモデルはムーブメントNo.00を搭載している。2019年に納品され、その後すぐに市場に出回り、A Collected Manが2021年に販売した。その1年後、オークションに現れ、フィリップスで239万ドル(日本円で約3億5745万円)で落札された。今シーズンのオークションでは、ダニエルズとロジャー・スミスクラスの重要な時計が数多く出品されているが(サザビーズがふたつほど出品しており、別の記事で紹介する)、アニバーサリー No.00はやはりハイライトのひとつとなるはずだ。

 私はアニバーサリーが2022年の実績を上回る可能性は低いと考えている。先日、ロジャー・スミスのシリーズ2が出品されたことを紹介したが、こうしたハイエンドな独立系の多くが頭打ちになり、コレクターのあいだで論調が変わってきているようだ。たとえば、私が前述の記事で取り上げたシリーズ2オープンダイヤルは、当初110万ドル(日本円で約1億6455万円)という希望価格だったが、Wristcheckは9月22日まで不透明な“入札”プロセスを行い、よりよいオファーが得られるかどうか試していた。どうやら、それはうまくいかなかったようだ。スミスはまだ入手可能で、現在は100万ドル(日本円で約1億4960万円)の希望価格で売りに出されている。100万ドルは昔ほどではないが、それでも時計にとっては大金だ。さらに今オークションシーズンにはスミスとダニエルズの重要な時計がいくつか出品されるため、入札者の興味を複数のロットに分散させることができるかもしれない。

推定落札価格 120万~240万スイスフラン(日本円で約1億9850万円〜約3億9670万円)

ロレックス 6062 “ステッリーネ”
rolex 6062 stelline bethune
 11月のオークションには、5本以上のロレックス 6062が出品される予定である。このリファレンスは私のお気に入りのロレックスリファレンスであるため、今後数週間にわたり、別の記事でこのリファレンスとそれぞれの作例を詳しく見ていくつもりだ。

最終的な考え:世代交代か、それともそれ以上の何かか?
ザマン氏やゲトライデ氏のようなコレクターがオークションにコレクションを出品することは、コレクションにおける世代交代の始まりのように感じられる。これらのコレクターは、彼らのディーラーやアドバイザーとともに、過去数十年にわたって腕時計コレクションというカテゴリーを定義してきた。この成長にはよい面も悪い面もあった。コレクターズアイテムは売買される資産となり、そのあいだに評価されることも多い。また、市場に出たばかりのオリジナルオーナーの腕時計が少なくなったため、すでに市場に知られている腕時計が再びオークションに出品されるようになったのだ。しかし新しい世代が時計収集に目覚めつつあり、初めてこれらの時計とその物語を知るかもしれない。

  • 2008年07月03日(木)14時02分